成人式でカミングアウト【第十三章】
やがて、元女子の息子は二十歳になり、男子として成人式の日を迎えた。
この日に向けて、息子は新しいスーツとコートと靴を準備した。
約ニ年に渡る男性ホルモン投与のおかげで、息子の声は低くなり、見た目はすっかり男子だが、身長だけはホルモン治療でも伸ばすことはできないため、女子のときの身長のままだった。
それを気にして、息子はかなりの厚底のインソールが仕込まれているシークレットシューズを購入していた。
それを履くと、私も少し見上げるくらいの身長に変身した。
当日、息子は、鏡の前で悪戦苦闘しながら、慣れない手つきでネクタイをしめた。
男性の象徴ともいえるネクタイをしめる行為は憧れであったに違いない。
新調したスーツとコートに身を包み、魔法のシューズでちょっとだけ身長をかさ増しして、息子は「行ってきます」と式場へ出掛けて行った。
そのスーツ姿の背中を玄関で見送りながら、私に全く不安がなかったわけではない。
成人式という今日のこの日を利用して、かつての仲間たちに自分のことをカミングアウトするのだと息子は言っていた。
はたして受け入れられるだろうか。
後ろ指を差されることはないだろうか。
仲間はずれにされることはないだろうか。
嫌な妄想が押し寄せる。
前章で「時代は変わった」とあんなに実感しておきながらも、やはり、親としては不安なのだ。 〈詳しくは『時代は変わった【第十二章】』〉
いや、息子を信じよう。息子の仲間を信じよう。
数時間後、華やかな振袖姿の女友だちに囲まれて、まるでハーレムのような状態の息子の写真がラインで送られて来た。
その笑顔はカミングアウトがうまくいったことを示していた。
私は安堵した。
それにしても、なんと可愛い女性たちの色とりどりの華やかな衣装!!
そういえば、我が家にも息子(娘のときの名前宛)へ振袖セールの案内状が何通も何通も届いていたが、我が家にはもう娘はいないため、行き場を失ったその郵便たちは紙ゴミとなって山のように積まれていたことを思い出す。
娘の振袖姿…、今となっては息子の振袖姿か。
ありえない。
親としてはなんとも複雑な心境だ。
でも、私は我が子の振袖姿を見たいなどという気持ちは微塵も起こらなかった。
私ももうすっかり男の子の親に成長したようだ。
成人式で久しぶりに息子と会った中学時代の仲間たちは、ガラリと男子に変身したスーツ姿の息子を、最初は誰だかわからない様子だったそうだ。
息子には弟がいるのだが、なかには、息子を弟のほうと間違えて「お姉ちゃんはどこ?」と本人に尋ねた同級生もいたらしい。
その同級生の知る「お姉ちゃん」の面影が、目の前にいる弟らしき人物にはあったようだ。
そりゃそうだ。何を隠そう当の本人なのだから。
気づかない同級生たちに、自分の名前を告げると「えー!!」と驚きながらも、みんな、学生時代の息子の様子を知っているだけに「そういうことね」とお察しの様子だったという。
息子のカミングアウトに過剰に反応するでもなく、あくまでも自然にこれまで通りに接してくれたという。
根掘り葉掘りと事情を訊いてくるような友だちはひとりもいなかったそうだ。
男性になって現れた息子をみんなすんなりと受け入れてくれたようだ。
若者たちはこんなにも柔軟性があるのか。驚いた。
私は何を怯えていたのか。自分が恥ずかしくなった。
--これからは男性として生きていく
そのことを友だちに宣言した、息子にとって大切な節目となる成人式となった。
『自分に嘘をつかず、自分らしく生きる』
そんな息子の生き方を仲間たちも認めてくれた。
それは親としてなによりも嬉しかったし、ありがたかった。
これからの未来は、この若者たちが作っていくのだ。ひとりひとりの個性を認め、偏見のない世の中にきっとなる。この子たちなら大丈夫。
写真のなかで、みんなの笑顔が輝いていた。
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