トランスジェンダーの息子と歩む

子どもからカミングアウトされたとき、親は…

私の誓い【第十章】

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※※※『母の覚悟【第八章】』の決意により、我が子の呼称を「娘」から「息子」へ変えています※※※

これからの進む道がはっきりしてきたおかげで、息子はすっかり明るさを取り戻した。

でも、医師からは、一度発症したこころの病気は、その原因を取り去ったとしても、すぐに完治するものではなく、時間をかけながら少しずつ改善していくものだと聞かされていた。

息子も例にもれず、時々、精神が落ち込んだ。

これからホルモン治療を始めたとしても、息子の身体は完全に男性に変身できるというものではない。

声が低くなり、髭も濃くなるが、現在の骨格が変えられるわけではなく、身長も手足のサイズもこのままだ。

息子は、どんなに頑張っても男性になりきれるわけではない自分自身の姿を思い、時折り悲しみが襲うようだった。

「いっそ身体はそのままで、女の心になれたらいいのに」

息子のこの言葉に私はハッとした。

心と身体の不一致に気付いたとき、それを一致させるには、身体を心に合わせて修正するほかに選択肢はない。

でも、よくよく考えてみれば、身体を心に合わせるのではなく、心を身体に合わせる方が本当は理想的なのだ。

そうすれば、身体の機能も、社会的な立場もそのままでいられるのだ。

でも、実際にはそんなことは不可能なわけで、ホルモン治療や手術で、身体を男性に近付けるしかない。

そして、それはあくまでも近付けるだけであって、完璧な男性の身体を手に入れられるわけではない。

そうして、その不完全な状態のまま男社会に男性として入ることになる。

息子の場合、当たり前だが、これまで女性の括りのなかで育てて来たため、男社会に入って暮らした経験はない。

ゆえに、息子の友だちは女の子ばかりだ。

男の子とは学校で口をきくことはあっても、男友だちと呼べるような仲の良い存在はいなかった。

息子はたしかに男っぽい性格だったが、暮らしは完全に女社会で生きて来たのだ。

そう考えると、急に男社会の中に入るのは相当な勇気がいることだと思う。


男女平等とか個々を大切にとか言ってはいても、日本社会に根強く残る男女の格差は暮らしのなかに染み付いている。

もちろん社会は男女平等に向けて変わりつつあるが、まだまだその過渡期であり、男性の社会的立場が強い分、男性に要求されるものも大きい。

精神面ですら、男性は男らしさと強さを求められ、弱音を吐けば女々しいなどと表現される。

そんな男女の差が明らかなこの社会のなかで、息子を男性側に放り込んだことなど一度もない。

それを今度は息子自らが、自分の意志でそのエリアに足を踏み入れることになる。

それは私たちが想像する以上に恐怖を伴うものなのだ。

女性から男性になることー

それは息子の願いであったが、その願いが叶っても尚、その先にまだまだ課題があることを痛感せずにはいられなかった。

 

「『生まれた時から男の人』が羨ましい」

そう呟いた息子のこの言葉は私の心に突き刺さった。


『生まれた時から男の人』
こんな表現を私ははじめて耳にした。


この言葉の意味の深さがわかるだろうか。

『生まれた瞬間から心も身体も男の人』という意味だ。


息子は生まれた時は女性であり、途中で男性に修正をかけるのだ。

生まれた時から心も身体も男性であれば、こんな苦しみを持つこともなかった。


『生まれた時から男の人』
こんな当たり前のことが当たり前でない我が子。

我が子の心と身体の性を一致して産んでやれなかったことを本当に申し訳なく思う。

性同一性障害は先天性であり、誰のせいでもないと言われているが、私のお腹から生まれた以上、母親として、どうしても思い悩まずにはいられない。

何がいけなかったのか、どうすればよかったのか。

このことを考え始めるときりがない。

人生は苦労の連続と言われている。

神様が私に課した試練や苦労ならいくらでも受け入れよう。

でも、私の体内で起こった試練は、そのまま息子の人生を変えてしまった。

私がこの手で我が子に課した苦労であるように思えてならない。
そのことを考える度に胸が締め付けられるようなどうしようもない苦しさに襲われる。

ハンデキャップを背負った子をもつ親たちは皆こうやって自分を責めているのかもしれない。

『生まれた時から男の人』もしくは『生まれた時から女の人』にどうして産んでやれなかったのか。

ごめんよ。涙で目の前が滲む。

 

でも、自分がそのことを責め続けている限り、我が子は幸せにはなれないのではないか、そんな気がした。

 

だったら、私はこの運命をそのまま受け入れて、息子の心の支えとなって、共に立ち向かって行かなくてはと気持ちを立て直した。


トランスジェンダーというほんのわずかの確率で引き当てた数奇な人生は、ほんのわずかの者にしか経験できないような貴重な世界を私たちに見せてくれるかもしれない。

 

トランスジェンダーに生まれたからこそのかけがえのない出会いや、だからこその出来事が待っているのかもしれない。

 

一度しかない人生を涙で終わらせないように、幸せな人生だったと思えるように、そのためにはまず自分の生き方に自信を持ち、俯かず、前を向いて歩くこと。


そうだ。まずは、私がその手本を示さなくては。

だから、私は我が子がトランスジェンダーであることを悲観したり、隠したりなどしないと強く心に誓った。

 

 

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stepbystepftm.hatenablog.com

 

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