時代は変わった【第十二章】
息子は高校2年生の途中から学校に行けなくなり、3年生の秋に通信制の学校に転校した。
〈詳しくは『不登校【第五章】』〉
息子は転校先で理解ある校長先生に出会うことができ、サポートを受けながら、精神状態が浮き沈みするなか、なんとか大学へ進学することができた。
息子は大学へは男性として入学することを望んだ。
戸籍上はまだ女性であっても、本人が希望すれば男性として扱ってもらうことができるという。
そのためには男性としての通称名が必要となり、私は息子に人生二度目の名付けをした。今度は本人の意向も聞きながら。
大学へは、入学前に「性同一性障害であることの診断書」を持参して事情を説明することで、戸籍上は女性である息子を快く男性として受け入れてもらうことができた。
これは大学だけでなく、小中高大全ての学校に対し、文部科学省から「性同一性障害に係る児童生徒に対するきめ細かな対応の実施等について」という通達がなされているからだという。
国も積極的に動いている。
ーー時代は変わった。
その後、息子は家庭裁判所に申立てをして名前を正式に変更し、戸籍や住民票の記載も変わった。
健康保険証も、マイナンバーカードも新しい名前で発行された。
教習所を卒業し、初めて手にした運転免許証が男性の名前で交付された時は、免許取得の喜びがさらに倍増した。
保険証のような性別の記載のあるものについては、おもて面の性別欄の箇所には性別は記載されず、「裏面記載」と記され、目につきにくい裏面に「戸籍上の性別:女」と記された。
「戸籍上」とあえて記載することで、「社会では男性として暮らしている」ことを意味していた。
マイナンバーカードは、おもて面に性別が記載されてしまうが、専用フィルムケースに収納すると性別欄が隠れる仕組みになっていた。
様々なところで配慮を感じた。
病院も役所も学校もどの窓口でも、こういった手続きに対して、不審そうな顔をする人はひとりもいなかった。
ーー時代は変わった。
正直なところ、最初、私は不安だった。
たしかに私たち家族のなかでは、間違いなく我が子は娘から息子に変わっていた。
息子には弟もいるのだが、弟も「姉」から「兄」に呼び方を変えていた。
我が家の子供は一男一女から息子二人になったのだ。
それは大事件であったけれど、時間をかけて、我が家ではもう当たり前の事実となっていた。
でも、それはあくまでも我が家の中だけの話だ。
家族の中の常識ははたして世間に通用するのか。
社会はこの子を男性として受け入れてくれるのか。
そのことが心配で怖かった。
また、あの頃のように息子の心を傷つけ壊してしまいはしないだろうか。
〈詳しくは『苦しみの泉【第六章】 』〉
怖かった。
でも、こうして一連の手続きを終えて、私の感じたことを一言で表すなら「時代は変わった」だ。
どの窓口でも、性的マイノリティの者への気配りがなされ、個々を大切にする思いをひしひしと感じた。
誰も息子に対して冷たい扱いを一切しなかった。
ここ数年、連日のように、LGBTQといった性的マイノリティに関する情報がニュースで流れ、人々の耳にも珍しくなくなってきている。
そのことが一番大きいかもしれない。
みんながその存在を知り、正しく理解すること。社会は一人一人の人間で成り立っている。そのひとりひとりの認識がこの社会を変えるのだ。
もちろん、偏見や差別意識のある人はまだまだ存在するだろう。
でも、まずは、社会の入口となるこうした役所や学校の窓口で、息子を傷つける扱いをする人が一人もいなかったこと。
それだけでも大きな進歩だと思えた。
ーーそう、時代は変わったのだ。
息子は肩身の狭い思いをしながらこの世を生きていかなくてはならないのではないか。
そんなふうに思っていた私の方こそ、時代遅れだったのかもしれない。
これからもっと世の中の理解は進み、この社会が、息子にとって、性的マイノリティの者たちにとって、もっともっと住みやすい世の中になっていく、そんな予感がした。
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