トランスジェンダーの息子と歩む

子どもからカミングアウトされたとき、親は…

信じがたい条件【第十四章】

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息子は性別適合手術をタイで受けるための手続きを始めた。

性別適合手術は、日本よりもタイの方がその症例数の多さから医療技術が進んでおり、その道に精通した医者やスタッフも充実している。

費用面でも日本に比べると格段に安くなっている。

日本では、性別適合手術を請負える医療機関はごく僅かであり、さらに、ほとんどのケースで保険適用外となるため高額の医療費がかかる。

対応できる病院が少ないことから、国内での手術の多くは美容整形外科を頼ることになる。

その場合、一泊または日帰りでの手術になることが多いという。

もちろん保険はきかない。

近年は腹腔鏡での術式が大半になり、体への負担が少なくなったとはいえ、それでも入院をして術後の経過を観察してもらえるタイの方が安心感があった。

そういった点からも、費用の面からも、タイでの手術を望む人が多いのだ。

息子もその一人だ。

そして、タイの病院との交渉や航空機のチケットの手配まで、全て国内のアテンド会社が代行してくれるため、安心して手続きが進められている。

 

私はほんの少し前まで、「性別適合手術」は「性転換手術」とも呼ばれていたことから、文字通り、性を転換する手術、すなわち、女性なら男性の、男性なら女性の身体に変えるための手術だと思っていた。

自分の身体に不要なものを引き算して、必要なものを足し算するのだと。

でも、医療技術はかなり進歩したものの、引き算はできても、足し算の部分はまだ不完全のようで、そこまでを求める人は少ないのだそうだ。

だから、性別適合手術といっても、それは男性の身体や、女性の身体を手に入れるためにするものではなく、引き算だけにとどまるケースが多いのだという。

したがって、息子のように女性から男性への性別適合手術の場合、見た目の変化はほとんどない。

それでもトランスジェンダーの多くが性別適合手術を受けようとするのは何故なのか?

それには理由があったのだ。

 

いまや社会はこんなにも多様性を認め合える世の中になってきたというのに、いまだ息子を男性として受け入れない大きな壁。

--それは、日本の法律だ。

日本においても性同一性障害者の性別変更は認められている。

でも、それは信じがたい条件付きだったのだ。

「生殖腺がないこと」
「生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」

生殖機能を失くさなければ、性別変更を認めないというのだ。

息子は私にカミングアウトしたときから、戸籍を変更するために性別適合手術を受けたいと言っていた。

それはこの条件のせいだったのだ。

息子はこの条件に従って、戸籍のために生殖腺を捨てようとしているのかと思うと、息子の人権を踏みにじられているようで、言いようのない悔しさがこみあげて来た。

戸籍を変更するために、どうして生殖機能をなくす必要があるのだろうか。

 

昨年の調査によると、2019年までの15年間で、日本国内で戸籍の性別を変更した人は1万人近くにのぼるという。

戸籍を変えたということは、皆、生殖機能をなくす手術を受けたということになる。

そうしなければ、日本では戸籍の変更は認められないからだ。

諸外国では、性別を変更するために生殖能力をなくす手術を義務づけることは人権侵害だとする考え方が強い。

近年、WHOもそれと同意の声明を発表している。

日本と同じような法律を持っていた国々も、現在ではその8割近くが性別変更のために生殖能力を失わせるような条件は撤廃したという。

しかし、いまだ日本の法律は変わっていない。

だから、日本で戸籍の性別変更をしたいなら、生殖機能を失くすために「引き算」だけしかできなくても性別適合手術を受けるのだ。

さらに、同性婚が認められないこの日本では、婚姻のためにも、トランスジェンダーは戸籍の性別を変更する必要がある。

でも、戸籍の変更のために大金と時間と命をかけるのはおかしいとして、この法律に異議を唱え、戸籍を変えずに暮らしているトランスジェンダーも多いという。

性別適合手術には多額の費用がかかるし、海外で受けるとなると更に時間もかかる。

そして何よりその手術自体が全身麻酔で臓器を摘出するという命懸けの行為なのだ。

 

それでも、息子は性別適合手術を受けて、戸籍も変えたいと言う。

私は複雑な思いだった。

こんな時代遅れの法律に振り回されてしまっていいのか?

もう少し待てば、法改正の可能性もあるのではないか?

でも、息子が手術を望むのは、戸籍を正すためという理由もあるが、それよりなにより自分自身のためなのだと言った。

隔週で定期的に打ち続けているホルモン注射を何らかの理由で怠れば、身体の中に未だ存在する女性ホルモンが優位となり、忘れかけていた生理が来てしまう。

男性として生きているのに、生理が来るのだ。

これは表現しがたい悔しさであり、悲しみだ。

どんなに男らしく生きていても、身体は女であることを嫌というほど思い知らされることになる。

息子はほんの少しも気を抜くことができない恐怖と背中合わせでいるのだ。

自分の身体から女性ホルモンの根源を断たなければ、安心することはできないのだ。

私はいつだったか何かのドキュメンタリーで、我が子とは反対に、男性から女性へ性別適合手術を受けた人が涙ながらに話していた言葉を思い出した。

「たとえ手術をしても女性の身体になれるわけではないんです。生理が来ることはないんです」と。

本当に切ない。

その人は、我が子と逆のことで悲しみ、女性の証である生理が来ることを切望していた。

どうしてこんなことになってしまうんだろう。
どうして心と身体の性を一致して生まれることができなかったのだろう。

また、答えの出ない沼に堕ちていく。

 

性別適合手術は息子にとって、女性である身体と別れるためにどうしても必要なものだった。

息子の思いは理解したが、私は日本のこの法律への憤りをどうしても抑えることができなかった。

 

☆続きはこちらへ

stepbystepftm.hatenablog.com

 

 

 

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